平成元年はこれまでにない暖冬の中で明けた。1月の半ばを過ぎても山には雪が少なく、春を思わせるような陽気が続いている。高い気温にすっかりゆるんだ少ない雪を選びながら、ゆっくりとスキーを滑らせていて、何故か昭和46年の春、八方尾根で行われた第8回SAJデモンストレーター選考会のことを鮮烈に思い出していた。
あのとき、総合滑降の舞台となった黒菱の斜面もひどい雪だった。失敗さえしなければ念願のデモになれる…。慎重に滑るつもりだったが、スタートするとコブだらけの急斜面の中で思うように身体が動いた。狙ったラインに切り込んでいくスキーさえ見えるような気がした。手も足も己が意志のままとなり、身も心も斜面に溶け込んでいった。大きなエアターンをして、まっすぐゴールに向い、停止位置で止まった。
まわりから起こった拍手で思わず我にかえると、急に体中がカッと熱くなった。自分の力の限りチャレンジしたことへの満足感と精一杯運動した後に感じる喜びで、震えるほどの感動が全身に広がっていくのがわかった。
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