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スノーパラダイス in北海道 余市小樽
大井智子広報委員レポート

キラリ…バスガイドさん
さて、小樽へ行きましょう

「オプションツアー 余市小樽市内観光」

12月15日(日)くもり。
いよいよ北海道ツアーも最終日となった。朝里川温泉スキー場に向かう一団を見送り,わたしは一台のバスに乗り込んだ。オプションの「余市小樽市内観光」ツアーである。SAKの北海道ツアーを担当する,旅行代理店「シティフェイス」の若きエース,内島一誠さんが「いち,にい,さん」と参加人数を勘定して,バスは8時30分にホテルを出発した。
ツアーの行程は,「余市ウィスキー工場見学→余市の「柿崎商店」で海産物のお買い物→小樽市内で自由行動→空港」となる。参加費わずか2000円。そのわりに参加者は19人とこじんまりしてる。
バスがグイーンとエンジン音を上げ,北海道大学の横を通り過ぎた。耳に,「クリスチャンディオール」のイヤリングをゆらゆらさせた,きれいなバスガイドのお姉さんがマイクを握った。なんだか,わくわくする。彼女の説明によれば,当時,北海道にやってきたクラーク博士が,やせ細る民に栄養を付けさせようとカレーライスを広めたそうだ。牛肉がなかったので鹿肉を入れたという。ほおーと思った。

「ポプラ並木が減ったわけ」
それから彼女によれば,観光名所で有名な北大のポプラ並木は,老朽化して空洞化が進み,風で倒れる危険が高まった。これを事前に回避するため,2002年の1月から3月にかけて,42本伐採されたそうだ。えええっ。そうだったのかと思った。
10月末に札幌出張したとき,北大までポプラ並木を見に出かけた。10数年前,初めて見たポプラ並木はすごかった。これまで経験したことのない大地の広がりと,そこに永延と続く並木の大きさに圧倒された。久しぶりに再会したポプラ並木は,ぜんぜん違っていた。倒壊の危険があるため周辺は立ち入り禁止となり,本数もずいぶん減った感じがした。そうだったのか……と,あらためてその理由をかみしめた。
それからお姉さんは,Jリーグ「コンサドーレ札幌」の命名の由来とか,北海道経済のたいへんさとかについて,いろいろ面白い話をした。朝里川の近くを通ったときは,「朝里川の小中学校でのスキー授業は,ここ2,3年ほど取りやめになってます。板,ウエアなどそろえると10万円以上かかるので。それだけ経済状況は厳しいのです」と教えてくれた。スキー界にかかわる一人として身につまされる。

人間ごまちゃん

バスの中で

「人間のごまちゃん」
 窓の外には,海岸線。海のきれいな景色が続いている。バスが小樽港の近くに来ると,現在営業がストップ中という大規模商業施設「マイカル小樽」が見えた。巨大な観覧車が印象的だ。2003年には,ここに大学が誘致されるという。バスは小樽の街を駆け抜けて余市を目指す。宇宙飛行士の毛利衛さんの出身地だそうだ。
 塩谷海岸にさしかかると,突然,バスガイドのお姉さんが「あっ。ごまちゃんがいます」と言った。見ると,氷点下と思われる海に,ぷかぷかと20人ほどのサーファーさんたちが浮かんでいるではないか! 頭まですっぽり包まれたフルウエットスーツは,たしかにあざらしみたいに見える。わたしたちはきのうまでスキーをしていたのに,彼らは海を漂っている。なんだか不思議な感じだ。

「みんなの感想」
 10時50分,「ニッカウィスキー余市蒸留所」に到着した。気温は2度。スキー場より,暖かいが,雪が降ってきたので寒く感じる。ここでちょっとツアー参加者にインタビュー。
「北海道観光をしたことないので,このツアーに申し込んだ。札幌国際スキー場では,修学旅行の高校生に食堂を占領されて,メシ食う時間が余りなかった。休み時間をずらしてほしかった」(40代,男性)。
 「県民スクールに参加した。スクールとは『滑らせてもらえないもの』と思っていたが,たくさん滑らせてもらえて楽しかった。古林康隆先生と,井田美奈子先生に習った。ていねいにアドバイスしてもらってよかった」(30代,男性)。
 「相模原からきた。友だちに誘われて,県民スクールに参加した。インターネットをやっていないので,SAKのホームページは見れず,こんなツアーがあることを知らなかった。初めてだったけど,とっても楽しかった。来年も来たい。山川恵美子先生にていねいに教えてもらった。同じレベルの人と滑れるので安心。お風呂はのんびりつかりたいので,宿に露天風呂があるといいな。北海道は初めてなので,観光コースに申し込んだ。『スキーか』『観光か』,どちらかを選択できるシステムがいい」(40代,女性)。

ニッカウィスキー余市蒸留所

ニッカウィスキー余市蒸留所

「試飲でぐびぐび」
 ちらちら小雪が舞う中で,蒸留所の広大な敷地を進む。なにしろ1934年の建造だ。歴史ある石造りの建物を見ているだけでもあきない。蒸留棟から醗酵棟へ進み,ぐるりと敷地を迂回して,貯蔵庫の中をのぞく。真っ暗な倉庫に,樽がいくつも並んでいる。横浜ペガサススキーから参加したという5人組に,樽の前でポーズをとってもらった。
 「ウィスキー館」では,待望のウィスキーの試飲をした。飲めない人も飲める人も,小さなコップに入った琥珀色のウィスキーの香りや味をたんのうした。「ゲストハウス」でさらに,試飲。ここにはソフトドリンクも置いてある。こうしてかなりいい気分になったわれわれは,次の目的地,余市の「柿崎商店」に向かった。

海産物が沢山

海産物が沢山

「ぼくたち独身」
 その店には,本州では見たこともない魚がたくさんひしめいている。見ていると楽しい。ツアーに参加する30代ぐらいの男性が,さっそく携帯電話をどこかにかけ始めた。魚を見ながら,受話器の相手に向かってなにやら相談している。「奥さんに,どの魚買おうかって相談したんですか?」と近寄っていくと,「おふくろです。ぼく独身です」。あ。すいません。わたしもでした。
彼は,タラ2300円を一本,お店のにいちゃんにさばいてもらい,ほかにもサーモン5切れなどをしこたま買い込んだ。クール宅急便で実家に送るそうだ。「おふくろ魚さわれないから,さばいてもらうんです」と言う。「お金はあとから回収するんですか」と聞くと,「いれそれはないです」。「ご自身のお口に入ることはあるのですか」とさらに聞くと「それもないです」と笑う。「魚もってポーズしてほしい」との注文に,いっしょうけんめい協力してくださったあなたは,とっても親孝行な心やさしい息子さんです!
 ちなみにわたしも,バスガイドのお姉さんのお勧めで,「ゴッコ」なるぶよぶよの,ふぐみたいなかっこうの魚(オス280円)を買った。メスは800円近く,高いのでやめたが,卵がおいしいらしい。これも,店のお兄さんにぶら下げてもらって撮影した。お兄さんはみんなに冷やかされていた。「ゴッコ」はその日,自分で持ち帰り,帰宅後,父がさばいてくれた。店の兄さんの指示どおり,しょうゆ味で煮てみたが,まったりとしてちょっと複雑な味がする。

手前がいっせいさん、奥は…

もひとつ!いっせいさん

「いっせいさん」
 「ゴッコ」を手に,バスに戻る道すがらシティフェイス代表の内島悦雄さんの息子さん,「内島一誠さん」と話をした。彼は,高校・大学時代,野球部の内野手として活躍したそうだ。一日同行しただけだが,その名の通り誠実で,純粋な人柄がしみじみ伝わってくる。今年デビューした「一誠さん」は,来年からSAKの北海道ツアーを担当する。来年会ったら,「いっせいさん」と声をかけてみよう。
 その彼は,「初めてのSAKの北海道ツアーでしたが,僕より県連のみなさんがいろいろなことをわかっていらっしゃいました。参加者の要望やクレームはすべてお伝えしましたが,対応が早い。『何かあったら改善しよう』というプロ意識が強く,とてもよかったです」と話してくれた。

「みんなの感想・その2」
 次の目的地,小樽に着くまで時間があったので,バス内をちょこちょこ移動して参加者の写真を撮ったり,隣に座ってお話を聞いたりした。
 40代の研修会参加の女性は,「これまでずっと研修会は車山に参加していた。北海道に来て,この時期にあれだけ滑れたのはよかった。クラブは違うけど,相模原市の協会のオフトレーニングして知り合った人と2人で参加した。北海道の海の幸はおいしいし,スキーもたくさんできるし。来年も,車山はやめて,北海道研修に来ようと思う」と話す。彼女の友だちの女性は,「バッチテストは受けなかったけど,ただで受けられるのはいいですね」と話していた。
 50代の女性は,「県民スキーに12年ぶりに参加した。毎日班編成があるので,一人できている人は緊張するのでは。スキー技術の向上だけが目的ならいいが,友だちをつくったり,新しい人との出会いを望む人には,班は不動の方がいいのでは。きのうの午前中は頭がぐちゃぐちゃになった。カービングを購入して『カービングをやるのかな』と思ってたら,ふつうの滑りを習ったので。友だちは準指の養成講習会なので,今日は一人で小樽ツアーに参加。いつも最終日は,二条市場に買い物に行っていたので,こうしたツアーはいい。余市の工場でしか買えないニッカの『アップルワイン』も買えた。1000円でおつりがきた」。

「『どすこい!』で小回り」
 彼女たちと空港で知り合って,小樽ツアーに1人で参加したという30代の女性は,「県民スクールは初めて。ホームページで去年のレポートを見て,『楽しそうだ』と思って参加しました」と,うれしい感想。「普段はスキーに行くとスキー一色だけど,札幌に泊まったので,すすきの行ったり,ラーメン食べたりできてうれしい。きのうは,クラブの男性たちと(今日は朝里で滑ってます)みんなでビール園に行きました」。
講習会については,「吉野大成先生(グラススキーのもとチャンピオン!)と,遠藤さつき先生に習いました。2日目の遠藤先生の班は女性だけで,女性じゃないと言えないような表現をしてくれて,『よかったよね』『わかりやすいね』とみんなで言ってました」。たとえば? 「小回りのとき,『おしりを,どすこいって感じで出せばいいのよ』って遠藤先生に教わって,心の中で,『どすこい』『どすこい』って言いながら滑ってました」。今度やってみようと,わたしも思いました。
川上誠広報委員が担当した,去年の北海道レポートを見て「札幌のお店紹介なんかが出ていて楽しそうだった。スキー以外のことを楽しみにして来た」という。「ガンガンスキーをやると言うより,楽しめるのがいい。講習会も,ガチガチでなくてトレーンを組んでくれたりした。小樽のオプションツアーもあると,ホームページに書いてあったので,参加しようと思っていた。ニッカウィスキーの創設者,竹鶴政孝と妻のリタが出てくる小説『望郷』を夏に読んでいたので,余市の工場に来るのは楽しみにしていた。参加してよかった。好きなお酒もいっぱい試飲できた」。

全員で

新岡の寿司…

「『新岡』で至福の時間を過ごす」
 そうこうするうちに,バスは最終目的地の「小樽」の街に到着。ほぼお昼だ。バスを降りて,全員で記念撮影をした。ここから午後3時まで自由行動になる。わたしは,ひとりでツアーに参加されている男性と女性とともに,3人で「寿司屋通り」を目指すことにした。目的地は,寿司屋通りの海側の一番はじっこにあるという「寿司処 新岡」だ。      
初日のキロロで知り合った関東自動車工業のチームの人たちが,ある晩わざわざ電車に乗って,札幌から小樽まで寿司を食べに行ったそうだ。おとといの朝ごはんのとき,そのクラブの「くまちゃん」(彼は今年準指を受験する。スキー場から帰るバスで,無防備な寝姿を撮ってしまいごめんなさい)と秋山さんが「新岡」という店がよかったと,教えてくれた。「あまりに何べんも寿司屋通りをうろうろして,どの店がいいか迷ってたら,地元のにいさんがあわれに思って,安くていい店を紹介してくれた」らしい。
しかし,寿司屋通りにはなかなかたどりつかない。おなかがすいた。足元は雪で歩きにくい。途中で多くの寿司屋が現れ,われわれを誘惑した。実は何べんも挫折しそうになった。あきらめかけたそのときに,「新岡」ののれんが。
3人は,嬉々としてのれんをくぐり,カウンターに並んで座った。わたしと彼女は,「ええい。ままよっ」とばかりに,店で一番高い握り寿司「ことぶき」(2800円)を注文。男性は,2000円の「ひのき」と日本酒を注文して,チビチビ始めた。まさに,至福の時間である。だれもが,「ああ,あきらめないでよかった」と思ってた。ちなみにほかのみんなは,バス駐車場に隣接するお寿司屋さんに吸収されていった(わたしたち3人だけ座れなかったのでした)。
ここでも,2人にあれこれ感想などを聞きつつ,夢中でパクパク食べていくうちに,「あ。しまった」と思った。「寿司をデジカメに撮るのを忘れちゃった」と言うと,両サイドの2人は親切に,すでに半分に減っていたわたしの握り寿司をあれこれ並べ替えてくださった。こうして,「最初から半分だった」かのごとくレイアウトし直された握り寿司を,無事カメラに収めることができた。ありがとうございました。

運河の前で

ナナカマド

「ナナカマドと白い運河」
 お二人とは今日はじめて会ったのに,なんだかそんな気がしない。これも,旅路の効用か……。だが,お別れの時間は近づいていた。みんなは3時に再びバスに集合して,千歳空港に向かう段取りだが,現地で小樽ツアーへの参加を決めたわたしは,帰りの便が一本早い。 そのため,2時34分小樽発,新千歳15時46分着のJR「快速エアポート150号」で,一足先に電車で空港に向かうことになっていた。
 食後の散歩としゃれこんで,3人で小樽運河へ。お二人が「一緒に写ろう」とおっしゃってくださるので,運河でお店を開くおじさんにシャッターを押してもらう。運河の脇の木には,きのうの晩,札幌の大通公園で見た木になってたのと同じ赤い実がなっていた。彼女が「ナナカマドの実よ」と教えてくれた。そうか,これがナナカマドか。
雪に埋もれた運河とナナカマドの実は,覚えておこうと思ってデジカメに撮った。そろそろ駅に向かわねば。お二人は,そのまま運河べりにのお散歩に出発した。あとでお茶も飲むそうだ。いいなあ。ああ,なんかロマンスが生まれてしまいそうな,後ろ姿だ……。

小樽運河にて

小樽運河にて

「感想・その3」
 最後に,寿司屋で聞いた感想も載せておこう。川崎市のウィスキークラブに所属する男性は60代。東京の世田谷区から川崎市に越して2年あまり。県の広報を見てクラブに入った。「いろんな人とめぐり会える楽しさが,本来のスキーだと思っている。ニセコは参加者18人しかいなくて,先生4人に生徒2人で手取り足取り教えてもらった。パーティでサンタさんに扮した女の子が教えてくれた。きのう2級にチャレンジして受かった。受験料もかからなくてよかった。満足でなにも言うことはない」
 「県連側は,いろいろな人を集めて行事を進めるのがたいへんだったと思う。パーティで,主催者側はものすごく努力したのでは? パーティのあと土屋靖子先生に『踊りそろってたね』と言うと,『振り付けは2,3時間かけて考えました』と言ってた。寝る間も惜しんで練習して,参加する人に喜んでもらおうとしたと思う。栗田さんも片さんも山田さんもぬいぐるみを着て。パーティに参加したそれぞれの人が楽しんでいたのがわかった」
「同室の人は60歳過ぎて準指を目指すという。『60歳過ぎてチャレンジする人はザラですよ』と教えてもらい,勇気をいただいた。クラブに入るとガチガチにしばられるかと思ってたけど,そうではなかった。肩に力を入れないでいい。北海道はたとえ一人で参加しても,現地で知り合った人たちから,夕方になると『今晩おひまですか。こういう企画あるんですけど,どうですか』というお誘いがちゃんとあるのがうれしい」。ご本人のオープンな人柄もあるのだと思います。

「余市小樽市内観光」の項終わり。長いのに読んでくれてありがとうございました。


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